日東駒専は劣等感を一番持ちやすい大学群だと思う。
なぜなら
- ネットで馬鹿にされやすい
- だいたい滑り止めで受けている
- MARCHとの扱いの差がひどい
理由としてはこんなところがあるだろう。
だがそんな日東駒専の出身者、もしくは現役で通っている人間に言いたい。
日東駒専で劣等感を持つのは絶対にやめた方がいい
その理由をこれから語っていく。
目次
日東駒専に劣等感を持ってしまう3つの理由
まずは日東駒専の出身者が劣等感を持ってしまいがちな3つの理由について解説していこう。
馬鹿にされやすい
日東駒専はネット上で馬鹿にされることが多い。
その理由としては
知名度のある大学の中で下位に属する
ことが原因のひとつだろう。
一般によく知られている大学というと
早慶上智>MARCH>日東駒専
というイメージがある。
これらの有名大学の中でもっとも偏差値が低いがゆえに
「日東駒専=レベルが低い」
という勘違いをされやすい。
だが忘れてはいけないのは
日東駒専より上の大学よりも、日東駒専より下の大学のほうがはるかに多い
ということだ。
日東駒専よりも偏差値の低い大学は無名だから話題に上がらないだけである。
実際は日東駒専は最下位などではなく、中堅以上の立派な大学なのだ。
これは有名人や人気企業にアンチがつくのと一緒で、言ってみれば「人気の裏返し」とも言える。
『日東駒専は上位何パーセント?』という記事でも解説したように、日東駒専は世代全体で見れば決して悪い大学ではない。
滑り止めで受けていることが多い
日東駒専に進学した者はMARCHの滑り止めとして受けていることが多い。
そのため
「本当はMARCHに行きたかったけど行けなかった」
「あと少し頑張ればMARCHに行けたのに」
という悔しさを抱えている人間が多く存在する。
人はまったく手の届かないものには悔しさを感じないが、あと一歩で届きそうなものに対しては悔しさや劣等感を感じやすい。
日東駒専を出た者たちの中にはあと一歩でMARCHに届かなかった人間が多いため、学歴コンプレックスを抱きがちなのだ。
MARCHとの扱いの差がひどい
日東駒専とMARCHとの扱いの差はヒドイ。
MARCH出身といえば、よほどこじらせた人間以外は
「優秀、頭がいい、高学歴」
といった印象を持つだろう。
ところが日東駒専というと
「普通、中の上、悪くはない、馬鹿大学」
といったイメージを持つ人が多くなる。
しかし、『日東駒専が実はすごい5つの理由』という記事にも書いたが、
MARCHと日東駒専とのあいだに世間で言われるほどの学力の違いがあるとは僕は思わない。
たとえば仮に試験合格のラインが80点だとして、
- 82点でギリギリMARCHに入った人間
- 78点でギリギリMARCHに落ちた人間
これらの2人にそれほど学力の差がないことは誰の目から見ても明らかだろう。
しかし世の中は非情なもので
たった数点の違いで天と地ほどの扱いの差を受けてしまう。
これでは劣等感を持つなと言われても難しいかもしれない。。
日東駒専で劣等感を持ってはいけない3つの理由
しかしながら日東駒専で劣等感を持つのは良くないことだと思っている。
その理由は以下の3つだ。
世の中全体で見れば日東駒専より下の人間のほうが多い
『日東駒専は上位何パーセント?』という記事で書いた通り、世の中全体からすれば日東駒専は十分優秀な大学に入る。
すなわち学歴で言えば日東駒専より下の人間のほうが圧倒的に多いワケだ。
よく日東駒専の出身者で
「日東駒専はレベルが低い」
「あんな大学バカばっかりだよ」
と謙遜する人がいる。
だがその発言は大量にいる日東駒専以下の学歴の人間をディスってることに他ならない。
世の中にはあなたが大したことないと言う日東駒専を受験し、落ちた人間もたくさんいるのだ。
謙遜というのは無自覚のうちに他人を人を傷つけてしまう可能性があるため、あまり自分を卑下しすぎるのはよくない。
謙遜すればするほどそれが真実のようになってしまう
最近はTwitterなどのSNSで自分の大学を卑下する行為がよく見られる。
この行為の中にあるのはつまるところ自己保身だ。
「日東駒専なんか大したことないよ」
と自分から言うことで、他者から自分の大学をディスられることを回避している。
あるいは
「自分は本来はもっと上の大学に行けたんだ」
というコンプレックスを引きずってるが故の発言かもしれない。
だがこういった自己保身のために日東駒専を卑下する人間が多くなればどうなるだろう?
世の中に「日東駒専は大したことない」というイメージが定着してしまい、結果として自らの首を絞めることになってしまう。
また先ほど言ったように、日東駒専に落ちた人間から反感を買い、それがアンチ日東駒専を作り出す原因にもなり得る。
学歴など手段のひとつに過ぎない
大学受験生や学歴コンプレックスを持つ者にありがちなのが学歴を得る本来の目的を見失ってしまう事だ。
そもそも学歴というものは、その後の就職などでいい会社に進むための道具に過ぎない。
言ってみれば、
学歴はあくまで良い仕事に就くという目的のための手段であり、それが最終目標ではない。
だからたとえ学歴が無くても、立派な仕事に就けるスキルを持っているのなら、そもそも学歴自体が必要ないのだ。
SNSなどを見ていると、
「この芸能人は○○大学出身だから馬鹿だ」
「高卒のタレントがなに偉そうにしてんだよ」
といった発言を見ることが多い。
こうした人間はハッキリ言って手段と目的を履き違えてしまっている残念な人間である。
さきほど述べたように、もともと学歴は「いい仕事に就くため」に取るもの。
芸能界という高給かつステータスもこの上なく良い仕事に就いている人間に学歴を求めるのは、まったくもってナンセンスなのだ。
にもかかわらず成功者に学歴を求めてしまう連中は
「勉強はできるが地頭は悪い人間」
「手段と目的を履き違えてしまう要領の悪い人間」
と言えるだろう。
芸能界という特殊な世界を例にしなくても、
- 高学歴だけどニート
- 低学歴だけど高収入
- 中卒だけど社長
- 収入は少ないけど楽しい生活
といった例は腐るほどあるので、日東駒専という学歴に劣等感を抱き続ける必要はまったくない。
繰り返しになるが、学歴はあくまでも手段のひとつに過ぎないのだ。
日東駒専で劣等感を持つ必要はない
以上のことから日東駒専に劣等感を持つ必要はない。
たしかにMARCHとの扱いの差などから日東駒専は劣等感を抱きがちだが、実際は
- 世の中には日東駒専以下の学歴を持つ人間のほうが断然多い
- 学歴はあくまでも手段の一つに過ぎない
- 過度な謙遜は自分の首を絞めたり人を傷つけるだけ
であるので、日東駒専の卒業生はもっと胸を張って生きよう。
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