ぶっちゃけ

かわいいは正義だ【これが嫌いな人は○○だよね】

 

「人の見た目をとやかく言うのは時代遅れだ」

こんな綺麗ごとを最近はよく耳にするようになった。

 

しかし少なくとも男からすれば、誰が何と言おうと

 

かわいいは正義だ。

 

 

古今東西、これは変わらないし、この先も永遠に変わる事はないだろう。

 

なぜならこれは本能によるものであり、

『カワイイ=正義』

というのは紛れもない「真理」だからだ。

 

『かわいいは正義』が嫌いな人

世の中には『かわいいは正義』というフレーズを嫌いな人が一定数いるという。

十中八九、容姿にコンプレックスのある女だろう。

 

確かに彼女たちの言い分も分かる。

生まれつきの特徴で正義か悪か判断される。

こんな理不尽な事はない。

 

どんなに努力しても、どんなにオシャレを勉強しても、「生まれつきかわいい女」のすっぴんにすら敵わない。

どんなに美容にお金をかけても、一銭もお金をかけていない美人にまったく歯が立たない。

 

あまりに残酷すぎる。

なんて不公平な世界なんだ。

 

だがどんなにこの理不尽を嘆こうが、どんなにナチュラル美人を恨もうが、彼女たちには勝てない。

むしろ妬めば妬むほど哀れになっていく。

嫉妬すればするほど性格まで醜くなっていく。

 

どうしようもない理不尽だが、それを受け入れなければますます自分の首を絞めることになるだろう。

 

「かわいいは正義だ」が正しい理由

かわいいは正義だ

 

一方で今度は男の視点に立ってみよう。

 

『かわいいは正義』

たとえどんなに理不尽だろうが、男にとってこれは真理である。

 

女性には分からないかもしれないが、男という生き物はかわいい女の子と少し喋っただけで、テンションがMAXまで上がる。

たった5秒程度の会話であろうが、その1日はずっとハッピーな気分でいられる。

嫌な仕事も嫌いな人間も、かわいい子のことを考えてるときだけは心の中から消えてなくなるのだ。

 

彼女たちはまるで幸福を運んでくれる天使である。

 

 

この世にかわいい子が嫌いな男など存在しない。

仮にいるとしたら、そいつは”酸っぱいぶどう理論”で自分の心を欺いているに過ぎない。

美しいものが好きという感情は人類の本能によるものだからだ。

 

すなわち『かわいいは正義』は地球上すべての男に共通する真理である。

 

かわいい子はただ存在するだけで価値がある

最近は草食系男子が増えた。

誰もが皆、かわいい子と会話できるわけではない。

 

じゃあ彼らにとって『かわいいは正義』ではないのか?

 

否。そうではない。

かわいい子は存在そのものが正義なのだ。

 

 

たとえば職場や学校を想像して見て欲しい。

かわいい子がいる職場や教室と、かわいい子がまったくいない職場や教室。

1日の楽しさに天と地ほどの差があることは言うまでもないだろう。

 

かわいい子がいる。

ただそれだけで学校や職場に行くモチベーションは飛躍的に跳ね上がるのだ。

仕事にもやる気が出るし、勉強も頑張れる。

 

男にとってこれ以上モチベーションを左右する存在がほかにあるだろうか?

これほど幸せな気分にさせてくれる存在がほかにあるだろうか?

いやない。

 

これを正義と言わずに何と言うのだ。

 

「かわいいは正義ではなく悪だ」という論説

かわいい人への嫉妬

 

「カワイイは正義ではなく悪だ」

「美人は生まれつき得なんだから美人税を導入しろ」

 

最近はこんな暴論を吐く者まで出てきた。

とんでもない話である。

 

 

彼女たちがどれだけの男を幸せにし、社会貢献しているのか分からないのか?

 

かわいい子はただ存在するだけで、近くにいる男たちを幸せにしている。

この醜い世界の中で、ポツンと咲いている一輪の花であり、希望の光である。

 

これまでにどれだけの人間を救ってきただろう?

どれほどの癒しを与えてきただろう?

 

そう考えれば、むしろ彼女たちは我々から税金を徴収してもいいぐらいだ。

 

 

仮にお金を払えば職場に毎日かわいい子が来てくれるなら僕は迷わず払う。

なんなら給料が3割ぐらい減ったっていい。

 

それだけで何倍も幸せな気分で仕事ができるのだから、十分価値に見合った出費と言えるだろう。

 

かわいい子が必ずしも幸せな人生を送ってるワケではない

SNSなどの普及によって、昔よりいっそう明白になったが、かわいい子はほぼ100%嫉妬される

そしてほとんどのかわいい子は嫉妬による理不尽な嫌がらせを体験している。

 

容姿のよくない女性が理不尽な処遇を受けるのと同様に、かわいい子もまた嫉妬による理不尽な処遇を受けているのだ。

 

また男に言い寄られるというのもメリットばかりではない。

暴力的な男や、キモオタ、ストーカー、加齢臭のキツイおやじ...

こういったキモメンたちからも彼女たちはアプローチされてしまうのだ。

 

 

そのせいだろうか?

「顔がかわいいけど心を病んでいる」

という女性は思いのほか多く存在する。

 

結局人というのは、ある面では幸せに見えても他の面では不幸せだったりする。

 

たとえば金も美貌も名声も持っており、一見幸せに見える人でも、自ら命を絶ったりするケースは多々ある。

だから必ずしも「かわいい=幸せ、苦労知らず」とは限らないのだ。

 

結論:かわいいは正義だ

かわいいは正義

 

以上のように、

『かわいいは正義』

であることはもはや疑いの余地もない。

 

”かわいい”の枠に入らない女性からすれば、この記事は不快極まりないものだろう。

「コイツはなんて気持ち悪い文章を書くんだ!」

そう思ったかもしれない。

 

だがこれはどんなに理不尽で気持ち悪く不快であろうが『真理』である。

 

たとえどれほどDQNが嫌いでも彼らがこの世から消えることがないように、世の中にはどんなに不快だろうが如何にもならないものは腐るほどある。

 

「不快だからどうにかしろ!」

なんてのは自分に都合のいいだけの単なるワガママだ。

不平を言ったところで、マイナスになることはあってもプラスになることはない。

 

 

結局のところ、かわいい子を妬み続けて生きるよりも、

「かわいいは正義だ」という不平等な現実を受け止めた上でどう生きるか?

を建設的に考えたほうが、幸せな人生を送れる確率は高いだろう。

 

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